米国でフリーランスジャーナリストとして生きる —修士研究「戦争マラリア」をもとに書籍出版—
J-School '09年春入学
大矢 英代
 
 私は今、この原稿をカリフォルニアの自宅で書いています。窓の外では、西海岸に春の訪れを告げる、真っ白な梨の花が満開です。それは8年前のちょうど今頃、修了の門出を祝ってくれた桜吹雪の光景とぴたりと重なり、同級生たちとジャーナリストを夢見て切磋琢磨したJ-Schoolでの日々を懐かしく思い起こさせます。
 
 現在、私はカリフォルニア大学バークレー校に客員研究員として所属しながら、フリーランスジャーナリストとして「国家と暴力」「民衆と戦争」をテーマに米軍問題の取材を続けています。
 
 渡米から1年半、アイルランドやプエルトリコなど世界各地で起きている米軍基地問題や、沖縄からイラク・アフガンに出撃した元米兵たちへのインタビューなどを続け、取材成果はヤフー特集や琉球新報などに発表してきました。
 
 そんな中でも最近、重要な仕事をさせて頂きました。私にとって初めてのルポ『沖縄「戦争マラリア」—強制疎開死3600人の真相に迫る—』(あけび書房・2020年2月17日刊、左写真)の出版です。拙著の原点は、J-Schoolでの「出合い」でした。
 
 2009年春、ジャーナリストになるという夢を抱いてJ-Schoolに入学した私ですが、具体的に何をやったらいいのか、自分にはどんなテーマが適切なのか、暗中模索の毎日でした。
 
「インターンシップ先に、沖縄の八重山毎日新聞社はどうですか?」
 
 瀬川至朗先生からのアドバイスを受け、石垣島の地元新聞社に向かったのは夏休み半ば。そこで「戦争マラリア」に出合いました。
 1945年、沖縄戦の最中の八重山諸島で、日本軍の命令により住民たちがマラリア有病地への「疎開」を強いられ、3600人以上の住民たちが死亡しました。米軍の上陸も地上戦もなかった島々で「自国軍の命令」が招いた集団死の歴史に、私は衝撃を受けました。
 
「戦争マラリア」から64年が経過していたその年、「体験者たちの肉声を今伝え残さなければ手遅れになってしまう」という危機感で、私は修士プロジェクトとしてドキュメンタリー映像を作ることに決めました。ビデオカメラを抱え、見知らぬ土地で取材に奔走しました。「もっと体験者たちの心に触れたい」という思いで、修士課程2年の秋、大学院を休学し、最も被害が大きかった波照間島に移住。そこで8ヶ月間、体験者と一つ屋根の下で共同生活をし、サトウキビ畑で毎日8時間一緒に働きながら、ゆっくりと「戦争マラリア」の体験をビデオカメラに記録していきました。そして私にとって初めてのドキュメンタリー映画『ぱいぱてぃぬうるま —南の果ての珊瑚の島—』が完成。2012年春、大学院を卒業しました。
 
 琉球朝日放送で報道記者として5年の現場経験を重ね、2017年にフリーに。放送局時代の先輩だった三上智恵さんとドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』を制作、2018年夏に全国各地の劇場で公開しました。映画の主題は「沖縄戦における秘密戦」。「戦争マラリア」はその重要なテーマです。映像の中には、学生時代に波照間で撮影したインタビュー映像も折り込みました。日本国内の観客動員は約3万人。山形国際ドキュメンタリー映画祭をはじめ、韓国、ドイツ、スイスなどの海外映画祭でも上映され、舞台挨拶を通じてたくさんの方々に激励を頂きました。
 
(左)映画『沖縄スパイ戦史』ポスター。(右)2018年度キネマ旬報ベスト・テン文化映画部門1位受賞に際し、2019年2月、都内で開催された授賞式の様子。後列左から3人目が大矢さん(画像提供:大矢さん。他も)
 

2017年、波照間島での『沖縄スパイ戦史』取材中の様子
 
 今回出版した拙著は、学生時代から『沖縄スパイ戦史』制作に至るまで10年にわたる取材の記録です。沖縄戦のことを何も知らない22歳の私が「戦争マラリア」と出合い、体験者との交流を重ねる中で見えてきた、1945年から今現在へと続く「国家による住民犠牲の構造」を描きました。
 
 同級生、先生方にはもちろん、特に在学生の皆さんに拙著のメッセージを受け取ってほしいと願っています。
 
 コロナウイルス騒動で社会全体に不安が蔓延し、暗澹たる雰囲気が広がる今、不明瞭な恐怖によって人間の心が荒み、「国」を守るために「個」が切り捨てられていくような社会にしないための「人間の叡智」が試されているように感じます。私たちジャーナリストの「伝える者」としての責任が、一層問われているように感じます。
 
 これからも米国を拠点として世界を舞台に取材を続けていきます。いつの日にか、世界のどこかの現場で皆さんと再会できることを願いながら。
 
ツイッター:@oya_hanayo
ウェブサイト:https://hanayooya.themedia.jp/
 
同窓会報第11号記事
2020.3.20配信